まえがき
独占禁止法研究会報告書(平成15年10月28日)冒頭、「現在、わが国におい
ては市場原理・自己責任原則に立脚した経済社会の実現のために構造改革を
推進することが喫緊の課題となっており、そのためには、規制改革の推進と
併せて、競争政策の積極的な展開を図ることが重要」であると述べるように、
小泉構造改革路線の延長線上に平成17年独占禁止法改正があった。
本書の目的は、この平成17年独占禁止法改正を通じて、法案を作成する際の
多くの関係者の覇気せまるバーゲニングを知ってもらうとともに、躍動感あ
る立法過程を身近なものに感じてもらうことにある。法案の作成・成立には
政治家や官僚など多くの関係者が携わる。ときには法案を作成した官僚の当
初の想定を超えて、法案が思わぬ方向に流れ、思わぬ効果を生み出すことも
ある。
加えて、小泉政権において、従来の官僚主導型から官邸主導型に移行する立
法過程がくっきりと現れているため、平成17年独占禁止法改正の制定過程全
体を呈示することにした。ちなみに内閣提出法律案(閣法)は、国会に提出
されるまでが立法過程の醍醐味である。なぜなら、通常、閣法は国会に提出
されれば、たいていの場合、与党である多数派によって可決・成立してしま
うからである。したがって、本書も国会に法案が提出されるまでを中心に描
いた。
これまで法学の研究は法解釈が中心であり、立法学の研究はおざなりにされ
やすい領域であった。しかし立法は国民生活にとって深く関わることであり、
他人事ではない。
本書の特徴は、平成17年独占禁止法の改正作業に登場する関係者―国会議員、
政策担当秘書、政党の政策スタッフ、公正取引委員会職員とその職員OB、経
済界、法曹界、企業の役員、消費者団体、学者、マスコミ関係者―のインタ
ビュー調査を徹底したことにある。
本書は、インタビュー調査をとおして集めた資料を記述の中心においている。
さらに言えば、実際に改正過程に何らかの形でかかわった主な関係者は、す
べてインタビューの対象にしたのではないかとの自負もある。
インタビュー調査に費やした期間はおよそ1年6ヶ月である。インタビューに
は予約を入れてから実際にインタビューができるまでには1年近くかかった対
象者もいる。またインタビューを断られた対象者を突然訪問し,インタビュー
をさせていただいたこともある。来てしまったのなら「しかたがないな」と
応じてくれたのである.筆者のねばり勝ちである。インタビューがなかなか思
うようにはかどらず、くじけそうになったことも何度かあった。しかし,くじ
ける以上にインタビュー対象者からどれほどのすばらしい教示を受けたか,計
り知れない。それが目に見えない筆者の財産となった。
あと書き
箸者から:
本書は筆者が法政大学大学院に提出した博士論文をベースに、新たに第5章、
第6章の部分に手を入れ、書き加えて出版したものである。法政大学大学院武
藤博己教授には指導教授としてご指導をいただいた。同大学院諏訪康雄教授に
は示唆に富んだ指摘をいただいた。同大学院相田利雄教授にも種々のご教示を
得た。また向大野新治衆議院委員部長には丹念に博士論文を見ていただいた。
日本経済新聞社コラムニストの平田育夫氏や三宅伸吾編集委員にもお世話にな
った。矢部丈太郎元公正取引委員会事務総長にもお世話になった。インタビュ
ーさせて頂いた方々に対しても、いちいちお名前を申し上げることは敢えて差
し控えるが感謝を申し上げたい。他にも、本書が完成するまでには実に多くの
方々のお世話になった。
また、筆者の博士論文の完成を待って、そのお祝い会を開いていただいた衛
藤征士郎衆議院副議長ならびにまり子夫人には、この場をかりて改めて感謝を
申し上げたい。
本書は三重大学出版会編集長濱森太郎名誉教授の過大な支援がなかったら、と
ても出版には至らなかったと考えている。濱森太郎先生をはじめ三重大学出版
会の方々には厚くお礼を申し上げる。
とにもかくにも、筆者の国会職員生活35年の集大成となったことは間違いな
い。筆者は、50歳の大台になって大学院の扉をたたいた。博士論文を完成させ
るまでは、修士課程から数えて10年近くかかった。今思えばわれながらよくや
れたものだと思う。職場の同僚の付き合いも、同期の仲間の付き合いも誘惑に
かられながらもすべて断った。昼食の時間は、筆者にとって勉強時間となった。
小泉首相ではないが、気が付けば職場の「変人」と化した。仕事からの帰り道、
毎日、駅前の喫茶店に立ち寄り、閉店で追い出されるまで資料に目を通し、構
想を練るのが至福のときであった。コーヒー一杯で何時間もひとつの机を占拠
する私は、お店にとってはさぞかし歓迎せざるお客であったに違いない。
最後に、すでに今は亡き私の父吉田紀典・母すなをがもし生きていたら本書を
見てどんなに喜んだであろうと思うと出版する喜びもひとしおである。
なお、本書は三重大学出版会からの助成金、2012年度法政大学大学院博士論文
出版助成金をいただいて刊行した。謝意を表する次第である。
2012年8月 吉田 茂
コメント:衆議院事務次長 向大野新治
|
出典:週刊読書新聞 2012年12月16日
私たちの職場である衆議院事務局は、勉強好きの人には格好の職場であり、学界
にいるだけではわからない現実の統治の仕組みやその動きを実際に見聞することが
できる。吉田氏は、大学で理論的なものを学ぶかたわら、この職場で実務に携わる
中で、そうした仕組みや動きを目の当たりにされ、実務と理論とを融合させようと
されたのであろう。その努力が結実したのが本書である。本書は、国の仕組みの中
でもっとも重要な法案の制定過程に関して、省庁における粗々の案の作成から省庁
間の合議や法制局審査、与党審査といった内閣提出法案の行政府内の作成過程のみ
ならず、ご本人の得意とする国会審議までも網羅しており、これほど詳細な研究は
他にないのではないだろうか。
なお、読者の中には、与党内での法案審査手続きについて、民主党政権における手
続きの記述が少ないことに若干の不満を持たれるかもしれない。しかし、民主党政
権自体がその党内手続きを何度も変更しており、これが一定の形に落ち着くまでは
研究として発表することが難しいことは読者にもご理解いただく必要があろう。吉
田氏もおそらく同じ認識であり、いずれ氏の他に追随を許さない労作が出ることは
まちがいないだろう。
後半部は、そうした法案の制定過程を具体的な法案に落として説明するものである。
吉田氏は、衆議院のシンクタンクともいうべき調査室に、長く在籍し、その多くを
物価問題の調査に費やされたが、そうしたこともあってだろう、独占禁止法に深い
関心を寄せられていたようである。
本書では、最初に、独占禁止法の誕生からその成長までを述べ、続いて平成一七年
の大改正に焦点を当てて詳細に言及している。この一七年改正は、規制緩和の流れ
の中で、自由で公平・公正な競争を守るために公正取引委員会がなさねばならない
ことは何かという問題意識の下で、リーニエンシーを導入したり、課徴金を拡大か
つ引き上げようとするもので、ポリシーの転換とも言えるほど大きなものであった。
それだけに、本来なら公正取引委員会という比較的弱い官庁だけではできなかった
ことを、官邸が主導し、あるいは当時の委員長の卓越した能力でもってこれを現実
化していったわけだが、普通ならわからないこうした裏の事情を、氏は丹念な調査
でもって明らかにしている。今年の必読書として薦めたい一冊である。
衆議院事務次長 向大野新治
書評
|