世界の秘境を訪ねて
中嶋 寛著
本体価格¥1600+税 '18/03/08刊 ISBN978-4-903866-42-0 C1026 46判、160頁
目次
序 文
第一章 パタゴニアの旅
第二章 アウヤンテプイ(ベネズエラ)を訪ねて
第三章 ベンガルトラを求めて
第四章 小笠原諸島を訪ねて
第五章 ボリビヤにアマゾン源流域とウユニ塩湖を訪ねて
第六章 幻の鳥ケツァールを求めてー中米コスタリカ自然紀行
第七章 ジャカランダの花見
第八章 パンタナールにジャガーを求めて
第九章 ピレネー山脈の白眉ガバルニー圏谷とバスク地方の
美食を訪ねて
見所:世界の秘境を訪ねて
中世以前、庶民の行動は食料調達が可能な40キロ行動圏の中で行われた。海でとれた魚介を腐らぬママ
で自宅に持ち帰るには時速五キロで歩いて往復で8時間が限度だったからである。ところが、「旅」という
字は、違っていた。旗を立て異国に進軍する兵士達から始まる此の字は兵隊に適っていた。彼らは集団で行
進し、宿営地を選んで幕舎を設営し、食料を収奪してキャンプに運んだ。外敵からおまえ達を守るという口
実で定住し、キャンプ地を「幕府」と呼ぶ荒くれ者さえ現れて来た。
一方、「訪」ねるという字は、言を凡(広くする)意で原義は神の声を聞くことをいう。神の声はあまね
く広いので、荒野に出たキリストや仏陀やマホメットが「旅行者」であることはなかった。グランド・ツー
リズムの現在、「旅行者」と「訪問者」とは混在して動いている。しかし特に秘境においては、人は非力に
なり、否応なく「訪問者」になる他はない。その分、秘境を観察する人になることは楽々と出来るし、辺境
の山河にいやされることはもっとたやすい。
書評: