見所: 医療人の底力実践
鈴鹿医療科学大学編「医療人の底力実践」 三重大学出版会(2014年3月31日発行)(藤原正範)
医療系総合大学である鈴鹿医療科学大学の教職員陣が、総力を挙げて作った初年次生用テキストである。
鈴鹿医療科学大学では、看護師、薬剤師、臨床放射線技師、医療工学技士など医療系専門職を目指す学生
にどういう導入教育が必要であるかを、この数年間、議論してきた。医療系専門職になるためには、まず
は国家試験に合格しなければならないが、それは必要条件であり、十分条件であるとは到底言えない。し
たがって、大学は、国家試験で量ることができない医療系専門職に必要な力を育てる場でなければならな
い。鈴鹿医療科学大学は、その力を「底力」と名付け、その力は「前に踏みだす力」「感じ取る力」「考
え抜く力」「コミュニケーション力」の4つで構成されると考えた。
鈴鹿医療科学大学では、本年度から、1年生全員が,「底力」を培うため、介護、救急救命、対人コミュ
ニケーション、薬物・タバコの害、メンタルヘルス、チーム活動、情報収集と情報発信、ディベート、
ボランティア活動を、具体的体験を通して学ぶことになった。介護は、日常生活機能の低下した人への生
活上のサポートであり、救急救命は、突然のけがや病気によって異常な事態に陥った人への応急の手当て
である。この2つの実践の主たる目的は、学生たちが医療系専門職として、困っている人に、見て見ぬふ
りをすることなく積極的に立ち向かう力(前に踏み出す力)をつけることである。対人コミュニケーショ
ン、チーム活動、情報収集と情報発信、ディベートの授業では、さまざまなプログラムが準備されている。
担当する教職員は、このプログラムの実施においてファシリテーター役を果せるよう訓練を受けてきた。
これらの実践は、学生たちが将来、患者・利用者と専門職との関係、専門職と専門職との関係、さらには
専門職と社会との関係を、より良いもの、よりレベルの高いもの、より生産的なものにしていく土台作り
(感じ取る力、考え抜く力、コミュニケーション力)になると考えている。そのほか、薬物・タバコの害、
メンタルヘルス、ボランティア活動の学習も、医療系専門職にとって重要なテーマである。
本書には、学生が上に述べたような体験学習を行うに当たって、必要な知識、事柄を網羅したものであ
る。文章はとても分かりやすく、写真や図が満載されている。鈴鹿医療科学大学の1年生だけでなく、医療
系専門職を目指す高校生や専門学校生にも読んでもらいたい。また、上級生になっても、現場の仕事に従
事するようになっても、医療系専門職の原点として本棚の片隅に立てておいてほしいと思う。
書評:『医療人の底力実践』を考える 氏名 山本哲朗:
『医療人の底力実践』
本書は大学入学直後の学生達、特に医療系学部の学生が入学後に最初に触れる教科書として編集されたも
ので、日常生活の実践から将来医療職のプロとして羽ばたく為の基礎的な知識、人間性の涵養を狙ったもの
である。いくつかの大学では既に同様の冊子が準備されているのかもしれないが、本書は上記の項目を読み
やすくまとめてあり、学年が進行するにつれて学んで行く各専門領域での学習への心構えも含まれている。
昨今、ゆとり教育の弊害として大学入学生の学力低下が問題になっており、各大学では基礎学力の補習のよ
うなカリキュラムの必要性が議論されている。もちろんそのようなキャッチアップ教育も必要ではあるが、
医療系の学生達に取っては、幅広い人間性を社会に出るまでに育てることも重要である。知識の習得よりも、
必要なことが出て来た時に、それを自分自身で探求し、自分のものに出来る能力を育てて行くことが重要だ
と思われる。与えられた知識より、自分で構築した知識の方が、より深く理解でき、応用が効くもので、長
い人生での宝となるだろう。
本書では、まず介護、人命救助の基礎知識、技術についての解説が始まり、続いて医療人として患者さん
は勿論のこと、社会生活を送る上では様々な人とのコミュニケーションの形成が重要となってくる。本書の
後半では、社会人として独り立ちした際に重要なマナー教育、また現代社会が持つ諸問題のうち薬物乱用を
取り上げている点も特徴となっている。最終章では医療人として活動する際に特に重要なチームとしての集
団行動に関する必要事項を簡潔にまとめてある。
本書は単に通読するだけでなく、大学のカリキュラムの中で実習・演習形式で体験することにより、より
効果的な結果が出せるようにとの編集者の意図のもとに構成されている。冊子自体も手になじみ、持ち運び
やすく、ソフトカバーとするなど使いやすさへの工夫もある。
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