見所:
目次に見るとおり、主として犬を対象とした動物セラピーの事例研究である。犬好きの読者には「我が意を得たり」
毎年、万を超える犬が放置され、殺処分に廻される現実は、犬の飼育者が作り出したもので、犬に罪はない。
まずは自分を変えること、自分を変えることで犬がその能力を発揮できる場所を作り出すこと。そのために知識を集め、
事例を集めて全国を巡回しようとしている。その行く先々で出会う犬とその飼育者とが「光って」見えるのは、その行い
が自然の摂理に適っているからだろう。
書評:江戸橋文庫執事 :
動物セラピーの政策学―繰り返し観察することの効果ー
繰り返し観察することには意外に深い長所がある。繰り返し観察するには繰り返し見なけれ
ば成らず、繰り替えし見るためには繰り返し注意を向けなければならない。視角の焦点を絞り、
目の前の写像を咀嚼する楽しみがなければ、観察の繰り返しは消えていく。その楽しみの中から
含蓄や蘊蓄が生まれてくるが、視線を走らせるだけで観察したつもりになってしまうと、ペット
はただの動物に返っていく。
写像を咀嚼することで初めて含蓄や蘊蓄に出会う人間は、これがあのペットの含蓄や蘊蓄だ
知らないままでペットとお付き合いすることになる。もしペットが死亡しようものなら、焼き場を
探し、お経を上げた上で「ペット・ロス症候群」だと言って涙を流す。それが傍目にいかに見える
かは問題外で、同情や共感だけが慰めの役目を果たす。
ペット相手の研究には独特の難しさがある。ペット自身が持つ含蓄や蘊蓄に出会ったときに、初め
て古文書が生き生きと語り始めるような快感がある。その含蓄や蘊蓄は誰もが出会うものではなく、
一朝一夕で出会うものではない。その上、ペット自身との相性まである。この著者の著作を読むとこの
著者は大変幸運な人であるらしい。別の言い方で言えば「素質」だろうか。
当然の事ながら、ペットを深く知ること無しに、動物セラピーの政策学は成り立たない。これから先
の階梯は長いに相違ない。目次に示されたとおり、本書はまだ政策提言のための事例調査に止まってい
る。含蓄や示唆に富んだ政策提言まで辿り着くことが望まれる。
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